September
長月
残映
まばゆいばかりに金色に輝く芒は、果しなく波のように揺れ動いていた。これは永遠に続く道かと燦然たる光の波の真只中にたゆとうていた。現実であったのか、漠としてさだかではないが、時として目まぶたの裏をよぎる情景である。だから、いつもまだ去りやらぬ残暑の内に芒を、光にあたれば輝くであろうそれを探す。 半生を伴に過した人が旅が好きで、秋になるといつも同行を約束したのに、物臭で来年こそと云いつつそれに応えることがなかった。が、描写力の優れた人だったから、濃やかな旅物語の方がむしろ鮮明な印象で伝わり、共に行ったと錯覚を起し行く必要がなかった。それ故にまだ見ぬパリの町角も、樽から注ぐコクコクと云うワインの響も、そしてヴェニスの小さな島に眠るという芸術家達の墓も、遠くにあるのに懐かしい身近な場所。あの芒の波もあの人が見たものだったのか。今その後を歩くことで、約束しながら果せなかった二人の旅の夢を贖えるのだろうか。 秋九月、時に立つ涼風は人にものを想わす。
Essay on September
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.
文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年9月号 「折節の韻律」
September 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"