February
如月
冬木立
寒さと云っても、京都の冬は、雪も風もさして強くはないのに、街そのものが氷室ひむろのようで、空気が静止した冷たさである。 だから、その中で物の形が明確に見えてくる。賑いも、さざめきも拒み、曖昧さも許さない。余分な装いを削ぎ落して、中空に立つ黒々とした裸木の、頂度、塑像を見るような佇いの美しさが、二月の京都を象徴する。 家に籠る事が多いので、たまさかには、湯の沸く音等聞いてみたいと、丸爐がんろに火を入れる。じっと目をこらしていると、埋火の徐々に力を増して行く色、容姿を変えて行く様に、今更のような驚きがある。灰と炭だけの空間には何者も介在出来ない。飾り立てる術もない。下地窓から洩れる薄い冬日も、障子の紙の色を浮き立たせて、日頃忘れ勝ちな、物の本来の姿を示唆してくれる。 清冽な寒さの中で、遠くでかすかに春の予感を伝える聞こえない音を聴きながら、日々の暦を、季節の移行を、暮し方そのもので感じているのだろう。
Essay on February
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.
文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年2月号 「折節の韻律」
Text by Toshi Satow (Proprietor of Tawaraya)First published in Fujingaho,
February 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"
February 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"