April
卯月
華見への誘い
あでやかに咲き誇り、一夜の雨に無残にも散り急ぐ万朶ばんだの桜の狂気をはらんだような妖しさが、若い頃には好ましくなかったのに、年を重ねた今はそんな花が待ち遠しい。今も昔も、人々の花への思いはそれぞれになにがしかのものがあるのだろう。折にふれて昔の人の手紙を見ても、花見への誘いやお礼をよく目にするが、往時の人の花への思いも偲ばれる。 余談ながら、消息文に興味を持つのは筆跡もさることながら、その行間から人々の生身の面影が感じられ、暮しのありようにまで様々に思いが馳せられるからである。花の便りを耳にしながらも、喧騒にまみれるよりはと、一人、光悦の「華見への誘い」を床に掛け、手折った桜を楽しむのもまた格別のこと。 月に一度山へ出掛ける。時折竹の皮に包んだ昼食を持参するが、僥倖に恵まれればまだ散り残った花の下で食することもある。 「無声の詩人には一句無く」とも、このような自然の中に身をおいて、季節を肌につづることもひとときの幸いと思う。
Essay on April
*This essay cannot be translated
because it is
highly dependent on
Japanese cultural context.
文 佐藤年 (俵屋当主)初出 『婦人画報』
1993年4月号 「折節の韻律」
Text by Toshi Satow (Proprietor of Tawaraya)First published in Fujingaho,
April 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"
April 1993 issue, "Rhythms of the Seasons"